記録番号:LIM-009
記録日時:2016年11月2日(午前3時41分頃)
調査担当:境界現象研究班 第二分隊

観測記録
夜だった。濃い霧が出ていた。
水域に接続された構造物の内部に入ると、壁が光っていた。桃色、黄緑、水色。照明はなかった。壁そのものが、淡く発光していた。理由はわからない。
水面の上に、椅子が並んでいた。白い椅子が、一直線に、等間隔で続いていた。沈んでいなかった。腐っていなかった。ただそこに、整然と浮いていた。
座ってみた。体は支えられた。ただ、足が水に入っていた。椅子には座れているのに、足元の境界が曖昧だった。水の中にいるのか、上にいるのかわからない状態だった。
奥へ進むほど霧が濃くなった。それと同時に、音が消えた。水音がしなくなった。反響もなくなった。自分の足音だけが、やけに大きく聞こえた。
分析
椅子は物理的に浮いていた。材質が何なのかは確認できなかった。腐食がないのは、この空間が時間の経過と切り離されているからかもしれない。
壁の発光色が、調査員によって微妙に違って見えたという報告がある。同じ壁を見ているのに、桃色に見えた人と、水色に見えた人がいた。色が変わっているのか、見る側が変えているのかは、まだわからない。
椅子の列を進み続けた調査員が、「奥に誰かいる気がした」と言っている。姿は見えなかった。霧で見えなかったのか、そもそも何もいないのかは確認できていない。ただ、気配だけがあった、と。
結語
椅子は整然と並んでいた。誰かを待っているような並び方だった。あるいは、誰かがさっきまで座っていたような。
霧の奥まで行った調査員はいない。途中で引き返している。理由を聞くと、全員「これ以上進みたくなかった」と言う。怖かったわけではない、ただ進みたくなかった、と。
壁の光は今も点いているはずだ。椅子も並んでいるはずだ。誰もいないまま、霧の中でずっと待っている。何を待っているのかは、わからない。
記録番号: OBS-009目撃者: 被験者H.K.(仮名)収集方法: 聴取による証言 証言内容 続きを見る
OBS-009:水上に並ぶ椅子と光る壁