記録番号:LIM-018
記録日時:2013年4月26日(午後1時頃)
調査担当:境界現象研究班 第一小隊

観測記録
プールがあった。
石造りの建物の内部に、細長いプールが埋め込まれていた。水は透き通ったターコイズブルーで、表面が細かく揺れていた。天窓から光が差し込んでいて、水面に反射した光が白い壁をゆらゆらと照らしていた。きれいだった。夏の午後の、どこかのリゾートホテルみたいだった。
ただ、誰もいなかった。
建物は二層以上の構造で、両側の壁にアーチ型の窓が規則正しく並んでいた。窓の向こうは暗かった。室内なのか、別の空間なのか、確認できなかった。一階部分には小さなカウンターのような設備があった。受付か、あるいは売店のような形だった。シャッターが下りていた。
黄色いウォータースライダーが、左側の壁の中層から突き出していた。螺旋状に巻いて、プールの縁付近で終わっていた。上部はどこに繋がっているのか見えなかった。壁の内側に消えていた。
プールの水は動いていた。波紋が立っていた。でも音がしなかった。水が揺れているのに、水音がなかった。
分析
この空間の何が気持ち悪いのか、最初は言葉にできなかった。
プールがある。スライダーがある。天窓がある。全部、人が楽しむために作られたものだ。設計した人間がいて、建てた人間がいて、使っていた人間がいたはずだ。その痕跡が全部残っている。ただ、今は誰もいない。
水が動いていた。波紋が立っていた。誰かが今さっきまで泳いでいたような水面の動き方だった。でも人はいなかった。水だけが、まだ誰かがいた頃の動きを続けていた。
スライダーの上部が壁の内側に消えていることが気になった。螺旋の入口がどこにあるのか、確認しようとした。上の階に回り込もうとしたが、アーチ窓の向こうに繋がる通路が見つからなかった。スライダーは存在しているのに、乗り込む方法がない構造になっていた。
出口のためだけに作られたスライダーだった。
カウンターのシャッターは、内側から閉められていた。
結語
プールの水は今も揺れているはずだ。
誰も泳いでいないのに、波紋が立ち続けている。天窓から光が差し込んで、水面が壁に反射して、黄色いスライダーがそこにある。全部が、今にも誰かが来そうな状態で待っている。
調査員のひとりが「子供のころ来たことがある気がする」と言った。もちろん、来たことはないはずだ。でも全員が、なんとなくわかる気がした。こういう場所に、来たかった記憶がある。夏休みに、家族と来るはずだった場所みたいな。
シャッターの内側に誰がいるのかは、確認していない。
ノックはしなかった。した方がよかったのか、しない方がよかったのか、今もわからない。
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OBS-018:石造回廊型屋内プール構造
記録番号:OBS-018 目撃者:被験者Y.H.(仮名) 収集方法:聴取による証言 備考 被験者Y.H.は証言の途中、一度だけ「スライダーって、降りた先しかないじゃないですか」と言った。質問の意図を確 ...
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